現代の名工が染めた浅野栄一氏の雨縞江戸小紋をコーディネート・そして江戸小紋とは・・・

DSC_8909雨縞江戸小紋をちりめん染帯でコーディネート 着物の着こなし/コーディネート

連休中は客足が伸びずにいましたが、今日は来客の多い一日でした。

開店時から忙しくしていて、毎日はこんな日だったら余計なことを考えないで、お受けした仕事をこなすだけで経営が成り立って行くのかも・・・

 

こんな虫のいい話は何処にないことを分かっていても、夢見るところがあり、鮮度ある店作りをどう動かしたらいいのか。

私にとって永遠のテーマで、企画力で明暗が分かれることを嫌というほど経験しているから心が安まりません。

 

今月もあと4日間で終ろうとしていて、私の頭の中は翌月10月14日より開く「竺仙と江戸小紋展」のことで頭がいっぱい。

 

今思っていることは江戸小紋に対してどれだけ興味を持っていただけるかということで、会期前に江戸小紋の魅力と伝統の技を一人でも多くの方に知っていただくことが、取り上げる側の役割かと考えています。

 

 

 

DSC_8909雨縞江戸小紋をちりめん染帯でコーディネート

雨縞江戸小紋をちりめん染帯でコーディネート

 

こちらの映像は当店の江戸小紋展でお招きをする、染師・浅野栄一氏が染められた雨縞江戸小紋をちりめん染帯でコーディネートしたものです。

雨縞とは、細い筋の間のところどころに雨のような破れ縞を入れた柄で、きものに仕立てたときに江戸の粋な風情が出てくる柄かと考えています。

 

ここでは趣味性の高いちりめん地の染帯に刺繍を加えた気品ある名古屋帯でセミフォーマルの装いを作ってみました。

よそ行きの外出着となって、目上の方とお目にかかるような場にふさわしいコーディネートかと考えています。

 

ここに金銀糸が入った袋帯を合せれば一段と装いの格が上がるでしょうし、紅型のようなカジュアル系の帯を合せれば休暇を着物で楽しむ女性となることでしょう。

 

江戸小紋は帯の合わせ方で装いが変わる着物ですが、そのことも含めて、店の情報紙「あ・うん」に江戸小紋について調べたことを記事にまとめているので、今日はその情報を添付させていただきます。

 

江戸小紋とは、江戸時代に発展した型染めのことをいう。

紺や茶など、渋い色味に白抜きの模様が染まられることで繊細柄を映し出す。

染色には多くの水を必要としたことから、水が豊富な神田川流域を中心に生産されていた。

明治・大正時代に入ると、江戸川橋や早稲田、戸塚周辺から高田馬場へも広がり、それらの地域一帯は現在でも染め屋の集散地として栄えている。

 

◆相手との距離感で「見え方」が変わる不思議な着物

 遠目だと色無地に見え、近づくと繊細な模様が確認できる江戸小紋は、型紙を布の上に置き、模様を繋いでいく綿密な作業によって実現されている。

模様の繋ぎ目が分からないよう染める技は、まさしく「染め師の技」と言えるでしょう。

 

◆実は大紋も中紋もある

 型紙に彫られた型をもとに染め模様をつくり出す「型染め」。

小紋はその代表格だが、実は小紋があれば、大紋・中紋もあり、中でも小紋が知られるようになったきっかけは、江戸時代中期、武士の裃(かみしも)に小紋が用いられるようになったことだ。

 

◆武士の誇りと町人の遊び

 武士の裃に使用された小紋が「定小紋」と呼ばれ、徳川将軍家や諸大名などが特定の文様を独占して使用していた。

例えば、徳川家は「松葉」や「御召十」、佐賀鍋島家の「胡麻柄小紋」や薩摩島津家の「鮫」、加賀前田家は「菊菱」など様々な種類が存在した。武家から発展した小紋は次第に庶民の間にも広まったが、定紋のように庶民が使用を禁じられているものもあった。

そこで、庶民も武家の小紋とは異なる独自の模様を生み出していった。

露芝や桜、梅、吹雪を始めとする自然から着想を得たものや、魚に包丁、辰の字など、日用品や文字柄に至るまで様々な文様が江戸の庶民によって作り出されたのである。

 

このような感じで江戸小紋の歴史から順番に書き込んで江戸小紋に魅力に迫ってみたいと考えているところです。

どうか参考にされてください。

 

簡単な記事となりましたが、今日はこれでお別れと致します。

ではこれにて・・・
お休みなさい。

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