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草はなんと逞しいのだろう。
土と太陽と水があれば、どんな環境のところだろうと育つ。
人間のように美味しいものを食べている訳でもないのに、静かに大きくなって行く。
踏まれても蹴られても、痛そうな顔など何一つ見せず、我が道を歩く草たちを私たちは雑草と呼びます。
実に素晴らしい生命力である。
ただ一つ欠点があるとしたら、それは人間に好まれていないことかな~
とにかく自分勝手で、生活を楽しませてくれるものではなのが雑草です。
可哀そうに思いますが、逞しい生命力に見習うべきところがあるだけに、その存在を認めなくてはいけないのかもしれませんね。
私たちの住む住宅地はその雑草が伸び放題になっていて、皆で草刈りをする日となりました。
じゃまくさい決まり事ですが、手伝わなくてはなりません。
始まりの時間は朝7時。
妻がいた頃は、ジャンケンで草刈りを決めていましたが、そのジャンケンをする相手もいなくなり、草刈りの準備をして出動です。
約一時間で決められた場所の草刈りを終えて家に戻ると、その勢いで掃除と乱れた部屋の整頓と後片付け。
午後から店を開けはみたものの、一日のエネルギーを使い果たしてしまったのか仕事に身が入りません。
だらしない自分が顔を覗かせています。
どうも、ここ数日間の寒さで風邪を引いたのか寒気がしてね~
さて、今日の記事ですが禅語の言葉を紹介したいと思います。
ー 時時勤払拭 (じじにつとめて ふっしきせよ) -
いつも家を綺麗にしている人に掃除の秘訣を尋ねると、毎日簡単に磨いているという答えが返ってきます。放っておくと、汚れが落ちにくくなり、掃除するのもおっくうになるからです。
怠けていると心も悩みや欲望でどんどん汚れていきます。欲望にまみれて動きがとてなくなる前に、いつも綺麗にする習慣を身につけましょう。
「時間ができたらやろう」と、後回しにしたりせず、日々こまかに磨き続けること。その積み重ねで、心はますます美しく輝いていきます。
私はこの言葉に納得させられています。
じゃまくさい掃除や草刈りは、ある意味で心を磨く行為なのかもしれませんね。
今日は店を早じまいすることに致しました。
早い投稿になりましたが、明日もまたお会いしましょう・・・
では、さようなら。