気力を邪魔する「億劫(おっくう)な感情」を紐解く・そして愛らしい「ミニチュアの着物」が持ち込まれました

 青空にかすかに白い雲が浮かび上がり、空の世界がとても気持ちよく映りました。

その気持ちよさは大地にまで届いて、車中は暖かな日差しを浴びで「春うらら」って感じで、思い通りにならないことがあっても許せる一日だったかもしれません。

それにしても冬の季節に革靴が履けるって北陸では珍しいことで、鉛色した冬は何処に隠れてしまったのでしょうか?

生活が楽が反面、この異常気象に何かが狂い始まるのではないかと心配されるところがあります。

今日の投稿ですが毎日の心の動きを記事にしてみたいと思います。

私は来る日も来る日も記事を投稿しておりますが、この投稿が店を知るきっかけになったり、私自身が何者であるかを知るために材料になることから店の販促のような位置づけで記事をまとめるように心がけております。

それもできるだけ正直に・・・

お陰様で多くの方に目を通していただけるようになりましたが、違う視点から視れば人気取りの側面があって、億劫(おっくう)に思える部分が多くあります。

書きたくない日もあればネタがないときはパスしたい気持ちになりますが、それでも記事を書くことをやめようとはしません。

それは繁盛店になるためのプロセスだと考えているからです。

だけど、現実は夢の世界で常の心の格闘がありますが、気力を掻き消す「億劫な感情」について考えてみたいと思います。

 億劫(おっくう)とは、面倒臭くて気が 進まないことを意味するのだと考えていますが、或る本のこのようなことが書いてありました。

もとは、「おくごう」だったのが、変化して、「おっくう」になったそうです。

「劫」(ごう)は古代インドで使われていた時間の単位。一劫は一説には、百年に一度、天人が降りてきて、その羽衣の袖が岩をこすって、すり減るまでの時間だそうです。

その一億倍が億劫ということだったそうです。

それくらい果てしない時間をかけて修行しても、悟りの境地にたどり着くのは難しいから、億劫になってしまうのでしょう。

でも、億劫の正体がわかれば、気が軽くなりませんか。

このような文面でまとめられていましたが、気の遠くなる時間を考える前に、目の前のことを一つひとつかづけていくことで、心の整理でき、見方や考え方が変わり始めるのかもしれません。

平凡な生活をしていても、掃除やゴミの後始末など面倒な感情がついて廻るものです。

それが仕事となれば要求されることも多くなり、何かにつけて億劫な気持ちが湧き出てブレーキになるのかもしれません。

修行の場とは思いにくい面がありますが、この感情に負けると気力が薄らいでくることも確かです。

日々の投稿は億劫なことですが、気の遠くなる一億倍の時間に比べればたやすいことだと解釈して、繁盛店になるための努力を絶やすことがあってはいけないと言い聞かせています。

合理的な考えとはいえませんが、気力という掃除機で億劫な感情を吸い取りたいものですね。

DSC_0012minitilyuanokimono.JPG仕立師さんが「ミニチュアの着物と道行コートを縫ってみた!」といって、持って来てくださいました。

着物の余り生地で作られたみたいで着物の長さが32㎝ほどのものです。

とても愛らしくて綺麗だったもので、しばらくお借りしてお客様にご紹介させていただくことに致しました。

このブログをご覧になられている方で、着なくなった思い入れの着物があれば、このようなミニチュアの着物を作ることができるので、お部屋のインテリアとして生かしてみてはいかがでしょう・・・

風情があって、なかなかいいものですよ。

それでは今日はこれにて・・・

お休みなさい。

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